社会人的教育論

我輩も入社してから多少の年を経て,教育を任されるケースが出てきた.といっても,基本的に自社にいない人なのでOJTという立場である.

このOJTというものは,どうしても必要な物ながら教育としては諸刃の剣であると思う.何せそもそも我輩がOJTとは何たるか(そもそも教育とはどうあるべきか)の教育を受けておらず,手探りで進めていくことになる.その上,自分の仕事+on the jobゆえに被教育者に任せた仕事の責任も負わなければならない.

ある程度の期間被教育者を完全に戦力度外視してもいいならば,それこそ自分の手足として使いつつ教育していけばいい.しかし,被教育者といえども何らかの戦力としてみている場合*1,成果物のチェックは教育者がすることになる.それでいて,往々にして教育者の負荷の増大はほとんど考慮されることはない.

さて,我輩は先週から新人を一人引き受けている訳だが,先週OJTがらみで裂かれた工数は時間数見積もりで15時間程度は出ていると思う.単に仕事の説明や教育としての役割だけでなく,コミュニケーションの先がほとんどこちらに来ていることが大きい.

分からないところで質問が来るのはいいことかもしれないが,席にいる時に30分に1回の頻度で話し掛けられれば,自分の仕事などできるはずもない.ちなみに,我輩は基本的に自分のペースを乱されることが非常に苦手なようだ.はっきり言えば,他人に拘束されるのはかなり苦痛である.さらに言うと,他人を拘束しているという自覚がある人からの拘束は許せるが,他人を拘束しているという自覚がない人からの拘束には敵対心すら感じる部分もある.ということを組み合わせると,正直イライラするケースもある*2

また,言われたことに対して素直なことは良いかもしれないが,素直すぎて言われたことしか動かないのも問題だ.
特に我輩は「Try&Error 何はなくともとりあえずやってみる(そしてその結果は自分で引き受ける)」を心情としており,そういう性格ゆえか自分が非効率だと思うルールに対して逸脱することに躊躇がない部分がある.組織的なルールに盲目的に従うのではなく,自分の判断で自分の行動を決定し,その結果は自分で引き受けるというのが我輩の行動原理だったりする*3.それは自分の事にしか過ぎないのだが,それを他人にも求めるところがあり,教育の会話だけ聞いてるとテキトーなことを言っているような気もする・・・*4

ゆえに,「誰かから言われたからやりました(私は悪くありません)」とか,「どうやっていいのか分からないから全く手がつけられません」とか,「言われてないからやる気がありません」とか,「分からないからとにかく教えて(教える側の状況など知らん)」とか言う態度に接すると,かなりくるものがある.

まあ,上記のような状況でとりあえず先週はほとんど仕事にならなかったとはいえ,そもそも新人なんてのはそんなものである.拘束されない自分の時間を確保し,コミュニケーションの先を増やして我輩のコミュニケーションコストを下げ,仕事をスムーズに進めていけるようにお膳立てし,徐々に自分の判断を入れさせていけるような「仕組み」を構築していく必要があるだろう*5

と,冷静に考えて見れるようになったのはこの週末であって,週末に休みがなければそんなことゆっくりと考えることもなく,以降も忙しさに追われていくことになっただろう.そんな状況が続いて被教育者の対応がおざなりになって,その仲が険悪な状況になるような事態を引き起こしたとしたら,教育者失格である.

という訳で,全国の管理職の皆様,OJTの役割を負われた人には,通常の残業はともかく週末の休みぐらいちゃんと与えていただけませんでしょうか.
また,思うとおりに動かない新人の教育を任された皆様,一歩立ち止まってどうやって教育と仕事を両立させていく「仕組み」考えてみませんか?

*1:このケースがほとんどではないか?

*2:他国を知ることとは自国を理解することだと言われるが,他人を知ることは自分を理解することだとも言える.正直,この教育がなければ我輩がここまで自分基準の人間だとは(多少は思っていたけど)考えていなかった.

*3:なんというか,これだけ見るとただの組織働きが向いてない人だね

*4:我が事ながら教育者としては正直微妙な人材だ.もうちょっと建前を使い分ける必要があるだろう.

*5:と,言うだけならえらく簡単だ・・・